THE LEGEND OF SUNNY —— 伝説の箱車 B110

■ ADVAN誕生前夜、最強のワークスマシン
1978年、横浜ゴムは「ADVAN」というスポーツブランドを世に放つ。
だがそのブランドが生まれる直前まで、すでに伝説は走っていた。
故・高橋健二、和田孝夫——
その手に委ねられたワークスカーこそ、G.T.SPECIAL サニー。
最強のFR車と呼ぶに相応しい、一台の奇跡だ。

■ 1300cc以下、勝者総取りの戦場
富士GC「マイナーツーリング」——
排気量1300cc以下に縛られた、日本独自の熾烈な箱レースカテゴリー。
そこに君臨したのがダットサン・サニーB110、通称「イチイチマルサニー」。
ワークスの名を冠したマシンはわずか数台。
横浜タイヤが全力を注いだその一台が、幾多の勝利を手繰り寄せた。

■ 街角から生まれたレースマシン
1969年〜1970年、わずか5,000台だけ生産されたB110。
FIAグループ1ホモロゲーション取得後、追浜での高性能化開発が始まり、
東名自動車、土屋エンジニアリング、尾川自動車、鳥居レーシング——
日本を代表するチューナーたちがA12エンジンと格闘し、腕を磨いた。
サニーはチューナーを育て、チューナーはサニーを育てた。

■ 1970年11月——伝説のデビューウィン
TRANS-NICS「トランス・ニッポン・クーペシリーズ」。
故・鈴木誠一が駆る「マルゼンテクニカルサニー」が、
ワークストヨタ勢を真っ向から撃破。OHC対OHV。小さなエンジンが、大きな常識を覆した瞬間だった。
これがB110、最初の咆哮。

■ 175hp/10,000rpm——限界を超えたA12
1972年、スポーツグレード1200GX-5登場。
A12型フルチューン、自然吸気1300cc、5速直結、2連ソレックス。
上位マシンが叩き出した数字——175馬力、10,000rpm。
市販車ベースとは、もはや別次元の存在だった。

■ ライバルは増え、サニーは燃えた
DOHCスターレット、OHCシビック——
強敵が現れるたびに、サニーは追い詰められ、そして蘇った。
1979年の大逆転。
スターレットとシビックへの意地と闘志が、サニーをさらに高みへと押し上げた

■ 11年間、第一線を走り続けた理由
速さだけではない。
誰もが手に届く価格で、本物のレースが戦えた。
それがマイナーツーリングであり、それを体現したのがサニーだった。
1970年から1981年——11年間、このマシンは走り続けた。
歴史に残るモンスターマシンであり、
無数のドライバーとメカニックの青春を乗せた、最高の教科書でもあった。
—— The best race car is the one that teaches you everything.
ー現状説明ー
40年前からエンジンは始動させていません。
故にサーキット復帰する為には、エンジンOH、足回り分解、清掃、必要に応じた部品交換、組み上げ作業が必要です。
ガソリンタンクの清掃、ブレーキ周りのOH、パイプ類交換、タイヤ交換、etc・・・手を入れれば切なく作業は必要です。
歴史的な文化遺産ですので、そのまま展示すると戦場の臨場感がございます。
書類はございませんので、一般道で走らせることはNGとなります。
*画像には、イメージのため、AIによる背景描写でリニューアル前の富士スピードウェイを表現しております。実際の背景ではございませんのでご了承くださいませ。
