WRC ラリー車両 本物のフェアレディー280Z
1978年、日産はフェアレディーS30シリーズから高級GTカーへと舵を切り、S130シリーズを導入した。S30時代、日産は1970年から1974年まで240Zで国際ラリーに参戦し続け、1971年のサファリラリーでは1−2フィニッシュを達成し、スウェーデンラリーにいては優勝を飾った。
しかし、販売戦略の変更により、日産はフェアレディーからバイオレットでのラリー参戦へと重点を移す事を選択した。
この決定により、S130シリーズのZカーがモータースポーツから撤退するという噂が広まった。
これらの憶測に反して、S130シリーズの多数のレースカーがアメリカのIMSA RACEに参加し大きな勝利を収めた。映画俳優のポールニューマンもこのモデルでレースに参加していたのは注目に値する。
国内ラリーにS30で参戦していた河原正明は、いち早くS130をラリーカーに改造し、国際ラリーへの参戦を表明。
1978年、トヨタセリカ2000GTで千湖ラリーへの参戦した河原は、翌シーズンに新型S130系Zで参戦することを決めた。
河原のラリーに対するポリシーは、勝つことだけではなく、見た目も美しい車で参戦することだった。この哲学から280Zラリーが開発され、その後千湖ラリーに参戦する事になった。
この車は岐阜県にあるラリー車両専門店アペックスで製造された。
高級GTカーのS130は重量が重かった為、不要な部品や塗装を全て取り除き、総重量は-85Kgまで削ぎ落とされた。
サスペンションはフル補強、6点式ロールゲージを装着しボディー剛性を高め、240をはるかに上回る剛性を確保。ショックアブソーバーはTOKIKO製の低圧高さ調整式ガスショック装着、スプリングレートは標準より30%UP、リアベースも強化。エンジン圧縮比は10.8に設定し、キャブレターはEGI(エレクトロニクスガスインジェクション)システムからソレックス44に変更、ポート研磨、カスタムカムシャフト、オイルクーラー、オイルポンプも変更し、その他多数のオプションパーツを組んだ。
シートはメキシコGT、シートペルトはKLIPPAN、ラジオはアイコム、トリップコンピューターはハルダ。アンダーガードはジュラルミン特注品、リアもデフからガソリンタンクまで保護カバーされている。フロントバンパーにはCIBIE OscarPlusライトが4つ配置され、ヘットライトはZビームH4にアップグレードされている
この280Zラリーは、当時製造された数少ない本物のWRCラリーカーの一台であり、見つけられる機会は非常に稀です。
ラリードライバー河原正明氏のMrZによってWRCラリー選手権に8回出場しました。
エクステリア
EXTERIOR
インテリア
INTERIOR
エンジン
MECHANISM
車両諸元
DETA
全長 :4320mm |
全幅 :1690mm |
全高 :1295mm |
車両車重 :1300kg |
総排気量 :2753cc |
乗車定員 :2名 |
最大出力 :250ps/7000rpm |
最大トルク :kgm/rpm |
車名 : |
車検 : |
車体番号 : |
走行距離 :km |
取材後記
memo
なかじい
今回は日産フェアレディーラリーのご紹介です。
こうして、本物のレーシングカーをご紹介させていただく事は非常に名誉な事でございます。
このような日本を代表する車は、一台一台が超希少な個体です。
多くはメーカーによってスクラップ処分になってしまう運命に有りますが、こうして現存している事に感謝しかございません。こうして、日本にとって冠たる個体は国内に留めたい所でございます。
現在海外への紹介もオープンになっておりますので、国内にとどめていただける方を急募しております。
時間の問題ですので、出来る限り早くご連絡くださいませ。
本来は博物館に展示するような個体ですが、海外に流れてGOODWOOD辺りで全力で走る姿もまた嬉しくも有ります。
こうしてご紹介するのも、滅多にない機会です。
日本車
1979 NISSAN FAIRLADY 280Z RALLY
日産フェアレディーS130 WRC
280Z RALLY 本物のラリーマシンに出会うチャンスは滅多にない
海外にも紹介されているだけに手にできるチャンスは今だけ
販売価格(自動車税・リサイクル預託金別途)
ASK
希少な個体ですので、基本的に見学は手付金納付が必須です